[閲覧注意]あなたはどう死にたい?どう生きたい?[私の死生観]

[閲覧注意な記事です]

「死」についての話です。

気分を害される方がいらっしゃるかもしれません。

「こういう病気になったら、こういう治療をしたい・したくない」、「こういう状態になったら生きていたくない」、安楽死について他、をお話しています。

そういった話が苦手な方、身近な方の死でつらい思いをされた方、現在身近に闘病中の方がいらっしゃる方、宗教上拒絶感がある方、はそっとブラウザを閉じて、読まずにおいてください。

 

 

長文です。

 

 

去年保険の見直しをした。

その間、プラン選びのために、自分はどう生きたいのか、どう死にたいのかを、たくさん考えた。

今まで「どう死にたいか」は具体的に考えたことがなかったから、いい機会だったなって思う。

 

 

保険は色んなプランがある。

 

 

医療保険だったら、どの病気を保障したいのか、とか。

入院費・手術費は1日いくら欲しいのか、1度にまとまった金額がほしいのか、長期的にちょっとずつほしいのか、退院した後に通院するときの保障はつけるのかとか。

運用するための保険なら、どれだけお金が必要になるのか、どれだけ増やしたいのか、どれだけリスクをとろうと思うのか、とか。

 

 

考える項目は、たっっくさんあった。

 

具体的に、

「こういう病気になったときは、こういう治療をしたい」

「こういう生活をしたいから、この年齢でこれだけのお金が欲しい」

って考える必要があった。

参考記事:複数の保険を組み合わせるのが向いてる人、向いていない人[保険の見直し]

 

 

ということでこの時期は、生き方、死に方について、深く深く考えた。

 

 

私の死生観はだいたいこんなふうにまとまったよ。↓↓↓

 

 

***

 

 

私は、生きてて楽しいと思えるようになったから、今は「早く死にたい」願望はない。

旦那氏、父、友達、これから生まれてくるかもしれない子どもと、もっとたくさん遊びたい。

「この人は、こんな素敵なところもあるんだな!」って新しく発見するのが、とっても幸せ。

そんなふうに思える人たちといる時間が、とっても幸せ。

 

 

私の理想の死に方は「何十年後かに旦那氏が亡くなった数分後くらいに、偶然同じタイミングで病院で安らかに…」だな。

 

 

とはいえ、「早く死にたい」願望もないけれど、長生きもしたくない。

死ぬ恐怖はないけれど(痛いのはいやだけれど)、長生きの恐怖がすっっっごく強い。

 

 

うちは祖母が2人とも、今90代。(絶縁しているから、よく分からないけれど。)

片方の祖父は早くに病気で亡くなっているけれど、もう片方の祖父は最近亡くなった。

 

 

つまり、私の家系は基本的に長寿のよう。

ただでさえそんな家系なのに、さらに一般的に平均寿命ものびて、「人生100年時代」って言われてる。

 

 

だから、

「私もうっかり100歳くらいまで、生きてしまう…!!!😱」

「100歳まで生きた場合の対策(金銭面)は立てておこうと思うけど、それ以上生きてしまったらどうしよう。」

「『私、いつ死ねるの?!』ってなるのが怖い」

って感じてる。

 

 

だって、大切な人たちを見送るばかりとか、いやだもの😫

新しい友達はできるのだろうけど。

だとしても、以前から付き合いのある大切な人を、見送り続ける人生はいやだもの。

 

 

あと今回、がん保険には入らなかった。

 

 

ほけんの窓口の方に、

「ご家族や周りの人は、生きてほしいって思いますよ😥」

「本当にいらないんですか??」

って何回か言われた。

(営業だからでなく、本気で「生きるためにつけようよ」とおっしゃっている感じだった。)

 

 

万が一がんになったとしたら、苦しい思いをしながら、闘病生活はしたくない。

物理的に切除する手術しかしたくない。

(過去に内臓の手術を何度かしているから、手術に抵抗があまり無い。)

 

 

「手術だけします!」

って言ったけれど、身近な大切な人が亡くなっている頃だったら、正直その手術もしたくない。

 

 

むしろ、みんなを見送るくらいまで生きてしまう前に、がんで死んでおきたい、くらいに思ってる。

比較的短期間かつ比較的安らかに死ぬことができるチャンスを逃したくない。

大切な人をがんで亡くした方には「がんで死んでおきたいってなんだよ!!チャンスってなんだよ!!」って思われると思う。

でも、私の考えは本気でこう。

 

 

保険は、緩和ケアのための入院保障は考慮したけれど、がんを完治させるための治療は考慮しなかった。

(緩和ケア…完治させたり余命を延ばす治療ではなくて、苦痛をとる治療のこと。)

 

 

…ってがんについて色々考えたけど、うちはがん家系ではないんだな~。

だから、がんになる確率は他の人より低いし、なんだかんだ、ならないだろうなって思う。

 

 

むしろ、腎不全で亡くなっている祖父がいるので、腎不全の方が怖い。

腎不全の方が、がんよりもじわじわ亡くなるイメージがあるから、がんより腎不全の方がやだよ!!って思う。

 

 

もちろん、

「まだ子どもが成人前だったらどうする?」

という部分は考えたよ。

 

 

でも私は、子どもの頃の経験から、

「母親は、笑顔でいられないなら、いない方が良い。」

「母親は、機嫌の悪さを周囲にまきちらすなら、絶対に子どもと一緒にいてはいけない。」

「子どもは、親がいなくてもお金さえあれば生きていくことはできる。」

という思想がある。

参考記事:育児疲れで子に当たる親は産む前に堕胎するか児童養護施設に行ってくれ。/旧ブログ

 

 

私は、もし自分が苦しい闘病生活におかれたとき、良い精神状態を保ちつづけられるとは思わない。

世の中には、仏のような広い心で、穏やかにいられる人はいると思う。

私は、そういようと努力しても、どこかでほころびが出ると思う。

 

 

最近、「自分の心が自分でコントロールできない状態」を経験をしたこともあって、よりそう思う。

身体が不調になると、心は簡単におかしくなる。

参考記事:生活習慣が乱れてメンタルを壊した。心の健康は日光と血行から。

 

 

親がいなかったら、子どもに寂しさや孤独感を感じさせてしまう、とは思う。

でも、子どもの心を傷つける人間が家庭にいることの方がはるかに有害だって思ってる。

成人後も地獄を抱えさせてしまう。

私だったら、親がいない孤独感の方が、断然マシ。

 

 

だからむしろ、

「自分が健康でいられなくて周囲に負担をかけるなら、十分なお金を残して、身を引きます。」

という気持ち。

子どものそばから、積極的に撤退したい。

 

 

あと、自分で一人暮らしができるくらい身体が動かない限り、生きていたくない、とも思うんだ。

食事・お手洗い・お風呂が一人でできないなら、私は即死にたい。

胃ろう(胃にチューブをつないで、直接ごはんを送ること)なんて絶対したくない。

そんな状態でも生きていたいって思う人もいるのだろうけど、私は1mmも思わない。

 

 

逆に、がんや具体的な病気より、そんな状態になってしまったらどうしたらいいの?って思う。

それってただの老化だよね?

病気ではなくて、身体が老朽化しただけだよね?

そうなったら、どうやって死ねばいいの?

デイサービスを拒否して、衰弱死か餓死をするの?

拒否できるの?

拒否さえできないくらい、身体が動かないんじゃないの?

本人は死にたくても、医療が発達した今、強制的に生かされてしまうんじゃないの?

命に関わる病気になるのを、何年も何十年も寝たきりで待つの?

って困惑してる。

 

 

脳死などのときは、延命治療は絶対しない。

保険証にも、そう書いておいてある。

念のため麻酔をかけて、全臓器お役立てください、って。

 

 

あと最近、胸のあたりに「NO AED!!」ってタトゥーを入れたい…!!!って本気で思う。

(意味:心肺停止になったら、救急処置はしなくて大丈夫です。そのまま死なせてください。)

 

 

たとえば突然、心臓が不具合を起こして倒れる、とか。

「がん以上に、短期間に安らかに死ねるチャンスじゃないか…!!」って思う。

血流がとどこおるなら、きっと意識はもうろうとしているか、意識がなくなっている。

 

 

祖母(毒祖母の方)が以前、突然意識を失って倒れて救急車で運ばれたことがあった。

そのときに緊急手術をして、ペースメーカーをつけて、今90代。

1度ペースメーカーの交換をしていた記憶がある。

娘(私にとって伯母)に住みこみで介護をしてもらいつつ、入退院をしている。

 

 

私だったら、そんなのはいやだ。

倒れた時点で、そのまま死なせてほしい。

 

 

今、日本では安楽死ができない。

日本だけではないけれど。

でも、医療技術は発達して、寿命だけが伸びてる。

 

 

安楽死については、倫理的な問題が山積みなことは理解しているよ。

でもじゃあ、そんな世の中で、逆にどうしたら健康に安らかに眠りにつけるんだろうって思うんだよ。

 

 

どう生きよう、よりもどう死のう、の方が深刻なんじゃないかなって思う。

(そのあたりが整ってないから、日本は医療費が膨大にふくらんで税金が大変なことになってるし、世界は人口増加で食料問題が起きてるし…って、このあたりを話し出すといくらでも広がるから、今は話さないけれど。)

 

 

***

 

 

私は、こんなふうに考えたよ。↑↑↑

アダルトチルドレンの苦しみを抱えていた頃は、毎日毎日死にたかったけど、漠然とした「早く死にたい」だった。

だから、ここまで具体的に死に方を考えたことは、さすがになかった。

参考記事:希死念慮とは?消えたい、死にたい、虚しい、自殺願望とは違う死を願う気持ち[アダルトチルドレン]/旧ブログ

 

 

あなたは、どう死にたいと思ってる?

どう生きたいと思ってる?

一度考えてみるのは、大切なことだと思ったよ。

 

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